成功の影に潜む矛盾 — Lidoの物語 Konstantin Lomashuk

成功の影に潜む矛盾 — Lidoの物語 Konstantin Lomashuk crypto

市場を席巻する流動性ステーキングの巨人、Lido Finance。その圧倒的な存在感は、今や暗号資産業界の誰もが認めるところです。Ethereumのステーキング市場において、Lidoは約31.8%という驚異的なシェアを誇り、リキッドステーキング市場全体では90%以上を占めるまでに至りました 。ユーザーは、技術的な知識や高額なETH( ETHという最低要件)を必要とせず、手軽にステーキング報酬を得ながら、その資産をDeFi(分散型金融)で自由に活用できるようになったのです 。

しかし、その成功の影には、Web3の根幹をなす「分散化」という理想との矛盾が潜んでいます。Ethereumの創設者であるVitalik Buterinは、単一のエンティティがネットワークに過度な影響力を持つことへの懸念を公に示し、すべてのステーキングサービスプロバイダーに対し、市場シェアを15%以下に自主的に制限することを提案しました。ところが、業界のリーダーであるLidoは、この要請を拒否し、さらなる拡大計画を打ち出したのです 。

なぜLidoは自らの成長を制限しなかったのか?その決断は、単なるビジネス上の判断ではなく、Web3の未来に対する彼ら独自の哲学とビジョンに根ざしています。これは、表面的な市場シェアの数字や技術的な仕様だけでは語れない、Lidoというプロトコルを動かす「人間」の物語です。彼らが直面する挑戦は、暗号資産業界全体がこれから向き合うべき根本的な課題を映し出しています。この記事は、Lidoがどのようにして生まれ、どのような葛藤を乗り越え、そしてどこへ向かおうとしているのかを、その開発者たちの視点から深く掘り下げていきます。

第一章:創始者たちの原点 — なぜLidoは生まれたのか

第一章:創始者たちの原点 — なぜLidoは生まれたのか

Lido Financeの物語は、ブロックチェーンの黎明期から活躍する三人の人物、Konstantin Lomashuk、Vasiliy Shapovalov、そしてJordan Fish(通称Cobie)から始まります 。彼らは、それぞれ異なる専門分野を持ちながらも、Ethereumの発展が直面する共通の課題を見出しました。

Konstantin LomashukとVasiliy Shapovalovは、Lidoに先立ち、P2P Validatorという非保管型のステーキングサービスを共同で設立し、運営していました 。彼らはすでに2018年時点で、数億ドル規模の資産を管理するステーキング事業の最前線にいました 。この経験を通じて、彼らはPoS(プルーフ・オブ・ステーク)ブロックチェーンにおけるステーキングの複雑さと非効率性を誰よりも深く理解していました。EthereumのPoS移行(通称「The Merge」)は、参加者に32 ETHという多額の資産を要求するだけでなく、複雑なノード運営、技術的な専門知識、そして何よりも「資産の長期ロックアップ」という大きな障壁を課していたのです 。

この課題を解決するため、彼らは「リキッド・ステーキング」という画期的なアイデアを構想しました。これは、ステーキングの民主化と、DeFiとのシームレスな統合という二つの目的を同時に追求するものでした。Lidoのプロトコルは、P2P Validatorが持つ長年のステーキングオペレーションのノウハウと、創業者たちの技術的洞察を基盤に構築されました。P2P Validatorは、Lidoの初期の開発者であり、現在も主要なバリデータ、開発者、そして運営者の一員として深く関与しています 。この強固な関係性は、Lidoの安定性と専門性を保証する一方で、後述する「中央集権化」を巡る批判の核心にもなっています。

もう一人の創設者、Jordan Fishは、著名な暗号資産投資家であり、「CryptoCobain」や「Cobie」の愛称で知られる人気ポッドキャストの運営者でもあります 。彼はConsenSysでの勤務経験を通じて、DeFi経済学とガバナンスに対する深い洞察を得ており、この知見がLidoの設計思想、特にガバナンスのメカニズムと経済的インセンティブの整合性に大きく貢献しました 。Fishはプロジェクトの初期に重要な役割を果たした後、2021年頃にLidoから離れています 。

このように、Lidoは単なるベンチャー企業の一時的なプロジェクトではなく、ブロックチェーン業界の深い経験を持つ専門家たちが、彼らが直面した現実の課題を解決するために生み出した革新的なソリューションだったのです。

第二章:リキッド・ステーキングという革命

第二章:リキッド・ステーキングという革命

Lidoの核心的なイノベーションは、「stETH」(staked ETH)と呼ばれるトークンに集約されます。これは、単にステーキングされたETHを代表するものではなく、流動性を保ちながらステーキング報酬を内包するという二重の特性を持つ画期的な発明でした 。

プロトコルの仕組みはシンプルです。ユーザーが任意の量のETHをLidoのスマートコントラクトに預け入れると、1:1の比率でstETHトークンが即座に発行されます。このstETHは、預け入れたETHの価値に、日々のステーキング報酬が自動的に加算される「リベース」というメカニズムを持っています 。これにより、ユーザーは何も操作することなく、ウォレット内のstETH残高が日々増えていくのを確認できます。

このstETHの登場は、Ethereumのステーキングに革命をもたらしました。従来のステーキングでは、資産は長期間ロックアップされ、その間の市場の動きに一切対応できませんでした。しかし、stETHはERC-20規格に準拠したトークンであるため、DeFiのエコシステム内で自由に取引したり、担保として使用したりすることが可能です 。これにより、ユーザーはステーキング報酬を稼ぎながら、同時に自身の資産をDeFiの多層的な金融戦略(イールドファーミングやレンディングなど)に活用できるようになりました 。

Lidoのもう一つの大きな貢献は、「プールド・ステーキング」の導入です。これにより、個々のユーザーは32 ETHという高い最低要件を満たす必要がなくなり、少額からでもステーキングに参加できるようになりました 。これは、これまで機関投資家や技術的な専門家だけのものだったステーキングの世界を、一般の「リテール投資家」に開放した歴史的な出来事と言えます 。

Lidoのプロトコルは、厳選された専門的なノードオペレーターによって運営され、ユーザーの資産はスマートコントラクトによって管理されます 。さらに、複数のサードパーティ企業による定期的なセキュリティ監査も実施されており、技術的な安全性を高めるための取り組みが継続的に行われています 。このような技術的、市場的な強みにより、stETHは単なるトークンではなく、EthereumのDeFiエコシステムにおける重要な「基軸通貨」としての地位を確立しました。

第三章:成功の代償 — 集中化という避けられない論争

第三章:成功の代償 — 集中化という避けられない論争

Lidoの圧倒的な市場支配力は、一方で暗号資産業界の最大の理想である「分散化」を巡る避けられない論争を引き起こしました。Ethereumの共同創設者であるVitalik Buterinは、単一のエンティティがプロトコルに過度な影響力を持つことへの懸念を表明し、リキッド・ステーキング・プロトコルが市場シェアを15%以下に自主的に制限すべきだと提案しました 。この提案は、Lidoが直面する最も重大な哲学的な挑戦です。

客観的なデータは、この懸念が単なる理論的なものではないことを示しています。Lidoは、Ethereumのステーキング市場の約31.8%を占めるだけでなく、Asymmetry Financeの共同創設者であるJustin Galanの指摘によると、LidoはEthereumネットワーク全体の38%以上のバリデータを運営しています。これは、Vitalikが提唱する「単一エンティティがコントロールすべき割合」の2倍以上であり、ネットワークのセキュリティと検閲耐性に対する潜在的なリスクとして議論されています 。さらに、Lido DAOのガバナンストークン(LDO)の所有権は集中化の懸念を抱かせています。トップ9のアドレスが、LDO全体のガバナンス権の46%を保有しているという事実は、意思決定プロセスが本当に分散化されているのかという問いを投げかけています 。

しかし、Lidoはこれらの批判に対し、ただ反論するだけでなく、プロトコルを根本から進化させることで応えてきました。

まず、Lidoは「厳選された(curated)」少数のノードオペレーターによる運営が、むしろネットワークのセキュリティを担保していると主張しています 。ノードオペレーターは、多様なサーバータイプ、地理的分布、クライアントの多様性などを考慮した厳格な基準に基づいて選定されており、これにより単一障害点のリスクを軽減しているというのです。

次に、Lidoはガバナンスの集中化に対処するため、画期的な「Dual Governance(デュアル・ガバナンス)」システムを導入しました 。このシステムは、LDOトークン保有者による提案に対し、stETH保有者が拒否権を行使できるというものです。もし、stETH総供給量の1%以上が反対の意思を示すためにロックアップされた場合、提案の実行は遅延され、10%以上がロックアップされると、プロトコルは完全に停止し、反対するステーカーが資産を引き出すための時間的猶予が与えられます 。Lidoの共同創設者であるKonstantin Lomashukは、このシステムを「エージェント・プリンシパル問題」を解決する重要な一歩と評価しています 。

この集中化を巡る議論は、技術的、ガバナンス的、そして法的な側面という、多層的な課題をはらんでいます。実際、Samuels v. Lido DAO の訴訟では、裁判所がDAOを「一般共同事業体(general partnership)」と見なす可能性を示唆し、LDOトークン保有者全体が法的な責任を問われる可能性が浮上しました 。Lidoの挑戦は、Web3の理想が現実世界の複雑な構造と対峙する様を象徴しているのです。

この集中化の問題をより広い文脈で捉えるため、主要なリキッド・ステーキング・プロトコルの市場集中度を比較したのが以下の表です。

プロトコル名 Ethereum ステーキング市場シェア(%) バリデータ数 ガバナンス分散度 自己制限の有無 Dual Governance
Lido ~31.8% 29人 LDOの所有権が集中 拒否 あり
Rocket Pool 低い 多数(許可不要) RPLトークン保有者によるガバナンス 22%以下に自己制限 なし
Coinbase 低い 中央集権的 該当なし 該当なし なし
StakeWise 低い 多数(許可不要) 該当なし 22%以下に自己制限 なし

第四章:未来へのロードマップ — 批判に応えるLido V3の全貌

第四章:未来へのロードマップ — 批判に応えるLido V3の全貌

Lidoは批判をただ受け止めるだけでなく、それをプロトコルの進化の原動力としてきました。2023年にリリースされたLido V2は、ユーザーがstETHをETHに1:1で出金できる機能(Turbo ModeとBunker Mode)を導入し、ユーザーに流動性と安心感を提供しました 。そして、その進化の旅は、Lido V3へと続いています。

Lido V3の核心は、「一枚岩(monolithic)」だったプロトコルのアーキテクチャを「モジュール化」へと根本的に変革する「Staking Router v3」の導入です 。このモジュール化により、プロトコルは柔軟な拡張性を獲得し、新しいタイプのノードオペレーターを容易に取り込めるようになりました。これは、Lidoが「厳選された(permissioned)」なアプローチから、より「オープンで(open)」かつ「許可不要な(permissionless)」エコシステムへと移行するという、哲学的な転換を意味します 。

この哲学に基づき、Lido V3は二つの主要な技術を導入しました。

  1. stVaults(ステーキング・ヴォールト): これは、ユーザーが自身のETHを特定のノードオペレーターに紐付け、カスタマイズされたステーキング設定を可能にする新しい「プリミティブ」です 。これにより、ユーザーはノードオペレーター、手数料、インフラ設定などを自ら選択できるようになり、従来の「ワンサイズ・フィッツ・オール」なプール原則から脱却します。stETHの流動性という利点を維持しつつ、ユーザーに選択肢とコントロールを与えることで、集中化の懸念に直接的に対処する仕組みです。
  2. Community Staking Module(CSM): V3のロードマップにおける最も重要な要素の一つがCSMです。このモジュールにより、誰でもわずか1.3 ETHという低い要件でLidoのノードオペレーターになることが可能になります 。これは、Lidoの分散化へのコミットメントを明確に示すものです。さらに、ObolやSSV Networkといった「DVT(分散型バリデータ技術)」を活用することで、一つのバリデータを複数のマシンで運営し、単一障害点のリスクを軽減し、セキュリティを向上させる計画も進められています 。

Lido V3のアップグレードは、単なる機能追加ではありません。それは、Lidoが過去の批判から学び、市場の現実(ユーザーの利便性と効率性)とWeb3の理想(分散化)の間で、新たなバランス点を見出そうとする物語のクライマックスです。

Lidoのプロトコルの進化をV2とV3で比較すると、その哲学の転換がより鮮明になります。

特徴 Lido V2 Lido V3 (予定)
主な目的 ユーザーへの出金機能提供 プロトコルのモジュール化と分散化の推進
主要機能 ・出金機能(Turbo/Bunker Mode) ・ステーキングルーターv2の導入 ・Staking Router v3によるモジュール化 ・stVaultsによるカスタマイズされたステーキング ・DVTの統合 ・コミュニティ・ステーキング・モジュール(CSM)
哲学 厳選されたオペレーターによる効率的な運用 オープンかつ許可不要なエコシステムへの移行
ユーザーメリット 預け入れたETHの流動性確保と出金 ノードオペレーターの選択、手数料のカスタマイズ、セキュリティ向上
ネットワークメリット プロトコルのセキュリティ強化 新しいバリデータの参加促進、集中リスクの低減

第五章:stETHが織りなす無限のエコシステム

第五章:stETHが織りなす無限のエコシステム

Lidoの市場支配力の真の源泉は、その技術的な優位性だけではありません。それは、stETHがDeFiエコシステム全体に広がる広大な統合ネットワークを構築したこと、すなわち「ネットワーク効果」にあります 。stETHは、単なるステーキングトークンではなく、DeFiの多層的な金融戦略の基盤となる「マネーレゴ」として機能しているのです 。

著名な暗号資産投資家であるArthur Hayesのような人物が、自身のポートフォリオにLDOを組み入れていることからも、その影響力の大きさがうかがえます 。stETHの多層的な活用法は、以下の主要なDeFiプロトコルとの深い統合によって実現しています。

プロトコル名 主要なユースケース 関連するチェーン
Curve stETH/ETHの流動性プール。最も重要なオンチェーン流動性供給源 。 Ethereum
Aave wstETHを担保にしたレンディング(融資・借入) 。 Ethereum, Arbitrum, Scroll, Base, Optimism, Polygon PoS
Maker wstETHを担保にDAIステーブルコインを鋳造 。 Ethereum
Balancer wstETH/ETHのコンポーザブル・ステーブルプール 。 Ethereum
EigenLayer stETHを「リステーキング」し、さらなる収益機会とネットワークセキュリティを創出 。 Ethereum
Yearn/Harvest stETHを活用した自動イールドファーミング戦略 。 Ethereum

この統合ネットワークこそが、Lidoの市場支配力の真の源泉です。stETHの流動性プールや担保としての機能は、ユーザーにETHをロックアップする以上の価値を提供し、競合他社が容易に模倣できない強固な参入障壁を形成しました 。Lidoの市場支配力を批判する主張は正当ですが、その支配力は単なる技術的な優位性からではなく、stETHが作り上げたエコシステム全体の強みから生まれているのです。

そして、Lidoのエコシステムは常に進化を続けています。EigenLayerのような「リステーキング」プロトコルとの統合は、stETHがさらに上のレイヤーでセキュリティと収益機会を生み出す新しいフロンティアを切り開いています 。これは、LidoがDeFiの最先端を走り続け、自らの製品に新たな価値を付加し続けていることの証拠です。

第六章:結びに — Lidoが示す分散型世界の未来

第六章:結びに — Lidoが示す分散型世界の未来

Lido Financeの物語は、開発者たちの初期のビジョン(ステーキングの民主化)と、プロトコルが直面した厳しい批判、そしてそこから生まれた絶え間ない改善の旅路が重なり合った、現代のWeb3における最も重要なケーススタディの一つです。彼らが直面した集中化という批判は、プロトコルの成長の糧となり、Dual GovernanceやStaking Router、Community Staking Moduleといった画期的な技術的解決策へと結実しました。

Lidoは、市場の現実(ユーザーの利便性と効率性を追求した結果としての市場支配)と、Web3の理想(分散化)の間で、常に綱渡りを続けています。この挑戦は、Lidoだけの問題ではなく、DeFi、ひいてはブロックチェーン技術全体が今後も直面し続ける根本的なテーマです。

この物語から得られる教訓は多岐にわたります。

  • 数字だけでは語れない物語: Lidoの成功は、単純な市場シェアという数字だけでなく、プロトコルの進化と哲学の葛藤、そしてそれを支えるコミュニティの力が生み出した結果です。
  • 進化し続けるプロトコルの重要性: 集中化の懸念に対するLidoの技術的な回答は、プロトコルが自己進化し、コミュニティの批判に耳を傾け、積極的に解決策を実装していることの最も強力な証拠です。
  • 理想と現実の間の妥協点: Lidoは、極端な分散化がもたらす非効率性と、中央集権化がもたらす単一障害点リスクの間の、現実的なバランス点を探求しています。

Lidoが今後も成功を続ければ、それは「現実世界に最適化された分散化」の新たなモデルを築くことを意味するのでしょうか?あるいは、その市場支配力が、Web3の根幹をなす分散化の理想を徐々に侵食していく未来を意味するのでしょうか?この問いは、Lidoの未来を予測する上で、V3の導入状況、ノードオペレーターの分散度、そしてDAOガバナンスの透明性を注視すべき理由を示しています。

Lido

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